身の丈生活

僕を測れる物差しは僕の中にある

親が怒っていいシーンは実は少ない。

最近子育てに関する個人的な3/3の純情な感情な僕です。

最近は結構怒ります。子供に対して。それと同時に冷静に考える自分もいます。

今のは適切な怒りだったのか?


ほとんどの怒りは回避出来る

いきなり本題ですが、親が正当に怒っていいシーンて少ないんですよね。子供が小さい頃は。ほとんど親の余裕と対応力でカバー出来ます。例えば…


前提として、そもそも保育園や幼稚園はある意味親の都合で行かせているという事をもう一度頭に入れましょう。その上で次の事例を考えましょう。

  1. 保育園・幼稚園に行きたがらない
  2. おむつを止めようとしない
  3. 親のものを触る
  4. お菓子を食べ過ぎる
  5. スマホを見たがる
  6. オモチャを片付けない
  7. とにかく言う事を聞かない


言い出したらキリはありません。


でもはっきりいって十中八九親に原因があります。幼稚園や保育園はまさに親の勝手です。おむつだって生まれてすぐ履かせておいて今更パンツにしろだなんて勝手過ぎる。親の物だってそりゃ触りたいよ。触って欲しくなけりゃ手の届かない場所に置くのが親の仕事。お菓子だって、子供がギャンギャン泣くのに耐えれなくなって『とりあえずあげた』結果です。スマホだって親は見まくってるはずです、子供の前で。オモチャも保育園みたいにきちんと片付ける場所をつくってあげる、そして親もきちんと片付けるという事をしてはじめて子供にしつけとしていってもいいんじゃないでしょうか?

最後のは1番やっかいなんですが、子供が親にして欲しい事を親が時間がないから、とか面倒だから、とか出来ないからなどなどの理由で突っぱねた結果『いえことを聞かないような子』にしてしまっているんですよね。例えば我が家では、レゴで何かを作ってくれ、とかこんな絵を描いてくれ、お米は僕が測りたい…とか言ってきます。レゴや絵は自分でやる事に意味があるんよ!なんでせんのん?もう買わんよ自分でせんのんなら!とか言って如何にももっともらしいことを言ってしまうんですが、要は親である自分が面倒なだけなんですよ。出来ないあるいは下手でも親が積極的にやれば意外とすんなり納得してくれます。

実は自分に対する怒り

結局はある程度事前に回避出来るもんばっかなんすよ。親次第。ただリスクマネジメントをしていない結果、子供がやった親にとって好ましくない事に責任を転嫁して怒りをぶつけているだけ。本当は自分に対して怒ってるんだと思います。いや自分に対して怒るべきなんですよ。
本当に怒り露わにしていいのは、生死に関わる事くらいじゃないかな?それ以外は親の様に何十年生きてきた人間と、まだ数年しか生きていない人間との知識と経験の差があるんだから。逆に言えば数十年生きてきた親がその程度の事に対処出来ずに怒りまくるのは恥ずかしい事ですよね。


まとめ

とは言え僕も父親5年目なので、日々怒りとの葛藤です。ただ、怒りは確か数秒しか続かないらしいので、深呼吸をして子供と向き合う前に自分と向き合うように心がけています。
あと『今日は特別ね』というのもやめないとな…意味不明ですよね(笑)その1回の親の自分へ対する甘えが命取りになります。子育てって本当は親が大人としての最終形態になるための
試練なんじゃないかなって最近思います。



※小学校以降のある程度成長した子供に関してはまた事情は変わってくると思うのであしからず。




↓子育てに関して他にもこんな事考えてます↓
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