身の丈生活

背伸びはしません。

思い込みの力

僕は36歳。


女遊びをすることも、悪そうなやつも大体友達じゃないしごくごく普通に生きてきました。
一白水星なだけに、水のように生きてきました。ただ英語が好きで英語だけはそこそこ頑張ってきました。

結果は義務教育で英語を受けた人よりかは少しはできる程度。

しょっぺぇなぁ。

多分今のまま勉強すれば英検1級はとれると思います。

だからと言って結局昔からの夢だった『英語で飯を食う』は無理なんですよねぇ。僕よりハイレベルな英語の使いては腐るほどいる。
別に自分を卑下するわけでも言い訳するわけでもないけど、現実的に考えたら正直厳しいと思うんです。いやそう思わせてください。

そして今更だけど事務職は向いてない。書類嫌い。サイン嫌い。もっと言えば人間嫌いかも(笑)
昔から性格は?って質問には『明るくて、誰とでも接することができます!』なんて言ってきましたが、気づきました。



そうでもない!



いやむしろ初対面の人とのコミュニケーションは尻込みするし、できれば相手から話を振ってほしい。一体いつからこんなコミュニケーションが出来る系な人間になってしまったんだ。きっと誰かに言われてその気になって自分はそういう人間なんだ!なんという勘違いをしてここまで来てしまったんだ。それがこの36歳を誕生させてしまったんだ。


何もない36歳爆誕

でもひょんな事からそんなことどうでもいいから新しい自分を、いや本来の自分を出していきたい…なんて思うようになったんです。それは子育てにおいて我が子は理系か文系どちらがいいんだ?的な事に対して答えを求めてネットサーフィンしていたら、指の組み方でわかる!みたいな記事があってやってみたらわたくしなんと理系だったのです。


matome.naver.jp


人生には上り坂、下り坂ともう一つ『まさか』があるといわれてますが、そのまさかです。
小学校の早い段階で算数に躓きそのまま起き上がることなくほぼ地べたをほふく前進するかのごとく地べたを這いつくばって数IIまで頑張りました。しかし高2で私の数学ライフは終わりました。いや小学校ですでに終わっていたといっても過言ではい。


でも今となっては、『終わっていた』ではなくて『自分から終わらせていた』のかもしれない。
もっと言えば、今の自分のスキルのすべてになっている英語だって本来『得意』ではなくて『得意だと思い込んでいる』状態なのかもしれない。


思い込みの力

というまさかを36歳で味わっているワタクシの脳は、『自分は理系なのかもしれない』というほぼなんも根拠がないといっても過言ではないネット情報にNOと言えず、いやむしろ完全なる受け入れ態勢を整えようとしている。

自分が怖い。

でもそれでもいいと思っているんです。それがなぜなのかはまだはっきりとはわかりません。でもなんかしっくり来そうなのは確かだから。
理系脳だからじゃあ転職します!ってことはそれこそ現実的じゃないですからね。とりあえず、そっち系で自分が楽しめそうなことを勉強してみようと
思います。いや正しくはそれが何なのかを探してみたいと思います。

40代をどう過ごすかがこれにかかっている気がしてやまない僕なのでした。

終わりに

もしかしたら世の中の人も同じような事を考えながら、またはあえて考えないようにしながら日々暮らしているのかもしれません。同時にそれではマズイ!って気づく瞬間がくるのかもしれません。その時が遅いか早いかは人それぞれです。訪れた時がタイミング。そのタイミングを生かせるかどうかがカギだと思います。子供のちょっとした変化にも自分のちょっとした変化にも気づけるような人間になりたいものです。